Music of the year 2011 20111231
やっと、年末だ。
やっぱ、なかなかしんどかったです。今年は…
あっっぷ、あっぷでした。
3月のあの日以降は、整理もつかず、苦しかった。
勉強もさっぱりで、ブログなんて対象外になっていました。
(しょせん、言い訳ですが。)
そんな中、
今まで、音楽に癒しとか、希望とか言われても
ぴんとこなかったのですが、
今年は、音楽で生かされた気がいたしましたです。
もちろん、家族も根幹ですけれどね。
たぶん、自分の今までのちっぽけな人生も、
音楽で生かされた部分はかなりだったかもしれないと思い当たりました。
震災後はしばらくたって、何だか訳も分からずビートルズを全て聞き直しました。
中学生の頃、また高校生の頃、よく聞いた音楽です。
前期の勢い、リボルバーへの展開、サージェント・ペパーや自由なホワイト・アルバム、
そして黄昏のレッド・イット・ビー、黄金のアビーロードのB面のすごさ。
それからは、ボブ・ディラン関係の昔のものや、CSN&Y、Byrds
サイモン&ガーファンクル、フォーク・ロックもの、かなり聞きました。
ミスター・タンブリンマンなんていいやね。
今年もMusic of the year 2011 やります。
自身の内部の宇宙と、
生活の中で身近にその世界に直結しているのが
私にとって音楽です。
創造や破壊、調和、不調和などが作用するのかな。
2011年のアルバム達に感謝をこめて、
私の遊戯として“Music of the year 2011"をあげていきます。
発売年も関係なしで、2011年に私が聞いたものからですので、
まったく客観性なんてありません。
基本的には近年の物を中心にしますので、
私にとっての、かつての名盤はあげることはいたしません。
つれづれなるままにやります。
まずは
クラッシックを2枚にしておこう。大きいものは外しときます。
今年震災前はショスタコを集中して聞いていましたがまた年末になって
ショスタコです。
Lisa Batiashvill(リサ・バティアシュヴィリ)の「Echoes of Time」。
演奏は鋭く、勿論しっかりしていますが、
それだけでなく、1枚のアルバムとしても良くできていると思うのです。
エサ=ペッカ・サロネンのタクトも良く、
バイエルンのオケを見事にコントロールしていると思う。
ショスタコのヴァイオリン協奏曲1番イ短調からグルジアのカンチェリ、
またショスタコの組曲「人形の踊り」から、
エストニアのペルト、締めはラフマニノフ。
と選曲からもグルジア魂を感じます。
いよいよ頭角を現してきたかな。
聞いていて、私の心は
通奏低音のように流れるユダヤ的なるものの中で彷徨う。
ロシア民族と社会主義リアリズムの相反するものが絡み合う。
民族的で国際的な作品のバイオリンの1番。
ペルトの「鏡の中の鏡」は何とも美しい曲だ。ピアノもいい。
2枚目はSimon Rattle(サイモン・ラトル)&Berliner PHil.の
「Schoenberg;Ochestral Works」
シェーンベルグ編のブラームス「ピアノ4重奏曲第1番ト短調」
そして、シェーンベルグの「映画の一場面への伴奏曲」、
「室内交響曲第1番ホ長調」
ある意味ラトルはシェーンベルグがオハコかも。
シェーンベルグの語彙を自分の物にしている。
重いものより美しいもののがこの人はいい感じだ。
そしてブラジル物を2枚。
1枚はMarisa Monte
(マリーザ・モンチ)の年末に出た、
「O Que Você Quer Saber de Verdade」
(あなたが本当に知りたいこと)
とりたてて新しくもないじゃんとか、全て消えていってしまうとか、
なんて聞こえてきそうですけれど、
微みょーなあんばいとでも言いましょうか、
力まないこの声は、心に染み渡る。
そんな自然体でありながら、やりたいことはこなしている。
聞き終わってもそんなに印象には残らないのかもしれないけれど、
心には間違いなく染みこんでいるのです。
Co-produceにDadiの名前があるけれど、
今年はこの人関係のブラジルものを良く聞いたです。
どの重要な時期にもかならずいるんだよね。このいかした方。
もう1枚はやっぱ、
Adriana Calcanhotto(アドリアーナ・カルカニョット)の
「 O Micróbio do Samba」(サンバの微生物)ですね。
春に買った頃は、私の気がのれなく
地味だなーと思っていました。
11月のライブに向けて、ちょっと聞き込みまして、
紡ぎ出されるサンバ群はいわゆるみんなの知ってるキラキラ系ではなく、
体の中に染みこむ、ミニマムなサンバのエッセンスだということが分かった。
これは新しいサンバの形なのかもしれないと。
ライブの感想でも書いたけれど、
このサンバは「ファド」っぽいんだよね。
さすが、女子美系です。
ライブ繋がりでフランス物
Tété(テテ)の「Le premier clair de L'aube」(夜明けの最初の輝き)
これは2010年の発売ですけれど、良く聞いたのは
今年の秋のライブあたりですので挙げます。
昨年は「まぁ、いっか〜」で流していましたが、
友だちの個展の会場にテテのライブのチラシがありまして、
よばれてしまいました。テテさんいい人だから。
アコギの人ですが、ボブ・ディランやニール・ヤングやポール・サイモンとは
また違ったフォーク系だと思います。
フレンチテイストがゆるやかな骨太の中に繊細さが漂います。
タイトル曲はしなやかで美しいです。
普段はフォーク系はあまり聞きませんが、今年は良く聞いた1年でした。
フォーク系繋がりで、
Paul Simon(ポール・サイモン)の「So Beautiful or So What」
アメリカではそこそこいけるのだろうけれど、
日本では総スカンだよね。日本の音楽界や評論家って音楽聞いてるのか?
70親爺がまだ、前を向いて挑んでいる。
フォーク、ロック、ジャズやゴスペル、ワールドな民族音楽を完全に消化し、
エレクトロニックや、ブルーグラス、インド音楽にもコミットする
今回のこのアルバムはかつての美しいポール・サイモンでなく、
進化しているポール・サイモンワールドだ。
テキストも深い。複雑系だ。人の心や人生は深いものだにゃあ。
震災もあったし、いかに生きるかを考えさせるね。
ここらあたりから、2011年ものの本命。
Bon iver の「Bon Iver」
ウィスコンシン州
(州の北はスペリオル湖に、東側はミシガン湖越しにミシガン州に、
西側はミネソタ州とアイオワ州に、南側はイリノイ州に接している。)
のジェスティン・ヴァーノンのユニットの2作目。
正統的音楽業界推奨の大賞はたぶんアデルの「21」になるであろう
2011年だけれど、メジャーとインディーズの意味を吹っ飛ばす勢いの
このアルバムの力はある意味、2011的であったりして。
日本のマスコミの意味が失われ、ヨーロッパは通貨危機。
経済論理、成長をベースにしたものの根幹がすっ飛んだ。
ひょっとしたら、マルクスじゃないけれど、
資本主義の終焉なんてあまりにも厳しくて想像したくもないけれど、
そんな地響きさえ聞こえた年かもしれないね。
もとい、Bon iver 心象風景を表す音世界。寒い凍りつく冬の風景だ。
冬の風景繋がりで、Kate Bush(ケイト・ブッシュ)の
「50 Words For Snow」 (雪のための50の言葉)
10代で傑作を生んだ天才少女も今は50代のマダムです。
前作が2005年の2枚組の『Aerial』から6年、
今年は5月にかつての曲のセルフ・カバーアルバム
「ディレクターズ・カット」とこれと合わせて2枚ですから
動き出した感じですね。
ほぼピアノと声のアンサンブル中心のこの静かなアルバムは
けして複雑ではなく、ピアノのリフレインに間をとるように
シンプルなメロディーを1フレイズ歌うといった感じで、
それだけによけいに心にしみわたります。
かつてのプログレな楽曲とは違い、かなりジャズぽいかな。
がなったりすることもほぼなく、
大人の透明感のある、心象風景を表した美しいアルバムです。
けして、商業的なアッパーなものではありません。あしからず。
冬の風景といえばこれもかな。ちょっと違うけれど、
内向的という意味では似ている。
Meshell ndegeocello(ミシェル・ンデゲオチェロ) の
「Weather」(ウェザー)
ジョー・ヘンリーをプロデューサーに迎えてのアルバムです。
Music of the year 2009 にこの2人のアルバムを入れていたのですね。
畑違いの様で、かつていっしょにやったことがあるようです。
ヘンリーの土臭いブルースを感じさせるカントリーな音に、
ヤヤもするとプログレっぽい未来派のンデゲオチェロが
乗っかってできた風景は、かつてなかった音世界。
かつてのファンク系ジャズベイスウーマンの影は
ここにはあまりありませんが、しみこむ歌があります。
Radio Nova は20年も前、フランスにいた時代に
よく聞いていた好きなラジオ局です。
今ではネットで聞けちゃう時代だから、
日本でもon timeで聞けちゃうんだけれど、
2011年によくかかっていた(家にいる奥様に教えてもらいました。)
Beirut(ベイルート) の 「The Rip Tide」はほのぼのもったりいい。
USインディーズものだが、音楽が旅をするので、単純にアメリカンではない。
これまでの作品でやってきた、
東欧ブラスもの、メキシコもの、フレンチものが混ざった様な感じで、
ある意味無国籍な音楽です。あまりに単純な音階もほのぼのとしていい。
どこかウイルコや昔だったら、ムスタファズ3なんて彷彿とさせるけれど、
ほのぼのが安らぎを与えると思うのは僕だけではないと思う。
ワールド系ではこれ。
LA GRAN REUNIÓN;Los guardianes de la música criolla
(ラ・グラン・レウニオン:ロス・グアルディアネス・デ・ラ・ムシカ・クリオージャ)
の
「CRISTAL HERIDO」(傷ついたクリスタル)
『ブエナ・ビスタ』があたってから、
各地のおじさん達のアルバムが世にいっぱいでました。
それが驚くほどに大体いいんだよね。
さすが人生を楽しんでこられた方々の音楽だからだろうね。
そして、この盤はペルーのリマの下町ものです。
クリオーヤ音楽バルスなのでした。
そしてそして、これもいいのですねー。
この盤を録音後、もう4名がお亡くなりになっているそうですが、
最後の花はすばらしい。ばんざいです。
最後は日本のものを挙げたい。
最近まで存在を知らなかったのですが、“すません。_(._.)_"
個人的にも、プチさん経由でちょっと知り合いになれたこともあり、
年末の最後の忘年会ライブもこの方々でした。ありがとうございます。
なんと25周年のZABADAK(ザバダック)の
今年のアルバム“ひと"にします。
さすがに、25年で26枚?ものアルバムを作ってきた方です。
ジャンルはプログレッシブ・ロックになると思います。
「イエス」を彷彿とさせるダイナミックな展開、
「ケイト・ブッシュ」の流れを感じるが和風になったケルティックな響き。
リコーダ系のこだわり。アコーディオン。
アンビエント的にみることも出来るし、
ネオ・クラッシクの「アディエマス」様に力のある癒し系でもある。
後期ビートルズをとことん研究されているのであろう
メロディー、コーラスやアイディア。
ビートとひずんだギターはロックの王道、
ギタースタイルはジミー・ペイジが近いかな?
組曲風のソロはブライアン・メン風だけれど。
日本語ですから、日本の歌謡ポップスやフォークソング的要素。
沖縄ものなどなどいっぱい吸収している楽曲群です。
声も素敵でいい。ここが要ですね。
ザバダックの魅了を簡単に書くのもなんだけれど、
まずは、この楽曲群の音楽性。
プログレっぽいダイナミックな展開や変拍子のある曲達だが、
メロディは大変分かりやすく、
口にのり、後で歌っている自分がいたりする。
歌詞は小峰公子さんがすべて担当している。
震災前に書かれた楽曲群ですが、
頭の曲から3.11をイメージしてしまう。
鋭い感性は、近い未来が見えてしまうのかも知れない。
after 3.11後、このアルバムの重さは全然、違う物になったと思う。
また彼女の声は美しい。
このグループは男女の声で成り立っているところも特徴的だ。
ここもバランス的に非常にいい。
世界は相補的になりたっているのだからね。
ここら辺からは、私の妄想だが、
初期のZABADAKが分裂したのは
初代の女性ボーカルの上野さんはより、
ケルティッシュなものや、民族的なもの、ジャズ的なものへ
興味が移っていってしまったが、
吉良知彦さんは、あくまでロックのフィールドの指向があると思う。
様々な音楽群ではあるが、けしてワールドミュージック的でなく、
プログレ的なのだ。どっちがいいというわけではないが、
そこに何十年も止まっていられる集中力はすごいとしか言いようがない。
近年の3枚を聞くと、よりそうなっているように思えるがどうだろう。
吉良さんの声もまた、やさしくていい。
ただ、この分野のニーズが、
アニメ、ゲームの領域になっている日本の状況はなんとかならんものだろうか。
この領域の音楽は実はスゴーイ才能が注がれているのはしっているけれど、
(菅野よう子さんとかね)紅白にでたっていいんじゃないの。
《第62回紅白のオープニングは菅野さんか!(^_^;》
さて、皆様の“Music of the year 2011"は何だったでしょうか?
2011年は大きな傷をおい、
痛みの中で、もがいた年でしたが、
僕も残された道のりを進んで行くしかないので、
酔いからはなんとか脱却して、次に進みたいと思うこの頃です。
もちろん、この年は忘れはしないし、
やらなければいけないことは見とどけ、
自分の範囲で行動していきたく思います。
新しい価値観、倫理や規範が
音楽から生まれることだってあるかもしれない。
Disk of the year は2011年的なこれ
Bon iver の「Bon Iver」ということで。
追記
やっべ、1枚忘れとった。
PIZZICATO ONEの「11のとても悲しい歌」
」
これは前半よく聞いた。
こんなに悲しい「イマジン」ははじめてだ。
その時の小西さんの気持ちは多くの方も同じだったと思うよ。
2012年も一期一会、いい音楽に巡り会いたいよ。